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2010年4月18日 (日)

井上ひさし氏の母校は、私の育ちの場所だった!

作家、井上ひさし氏が4月9日に亡くなりました。井上ひさし氏の代表作は「ひょっこりひょうたん島」「吉里吉里人」など、あまりに有名な作品が多い日本を代表する作家であっただけに残念です。

関連記事をWEBで見ていたら、井上ひさし氏は出身は山形県川西町の生まれです。しかし幼い頃に実父に死に別れた後、生活苦によって母親から宮城県仙台市の孤児院(現在の児童養護施設)「光が丘天使院」に預けられました。光が丘天使院は現在では「仙台ラ・サール・ホーム」と名を変えて今でも残っています。場所は東仙台にあり、井上ひさし氏はそこから東仙台中学校へ通った、と記事にはあります。

ここで「えっ?!」です。

なぜかと言うと、私が幼い時には、東仙台中学校の向かいに住んでいたからです!

私は生まれは宮城県石巻市ですが、すぐに仙台に引越し東仙台に小学校2年生まで住んでいました。それが東仙台中学校の道路挟んだ南側にある社宅であったのです。小学校2年生で仙台市内の別の場所(荒町)へ引っ越したため東仙台中学校に通うことはありませんでしたが、入学した小学校は近くの東仙台小学校でした。

いやいや、こんな身近な所に日本を代表する作家が通っていたとは驚きました。井上ひさし氏はその後、仙台第一高等学校に進み、上智大学へ進学して仙台を離れました。

東仙台は、シンガポール駐在時代の2004年4月の一時帰国時に、懐かしくなって子供をつれて訪ねています。私が住んでいた社宅は今ではマンションに変わっていましたが、向かいの東仙台中学校は昔のまま残っていました。

小さなJR東仙台駅
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東仙台中学校
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なお、東仙台訪問時に、私が通っていたナザレト幼稚園も訪問しましたが、その時に間違えて隣にある井上ひさし氏が通っていたという仙台ラ・サール・ホームを訪ね写真を撮っていました。それも掲載します。

井上ひさし氏が通っていた仙台ラ・サール・ホーム
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私が通っていたナザレト幼稚園(ラ・サール・ホームの隣)
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有名人と同じ場所で育ったことに、ちょっぴり誇りを感じています。
もしかしたら、故郷を訪ねてきた井上ひさし氏と幼い頃にすれ違っていたかもしれません。
故郷の大先輩である井上ひさし氏の冥福をお祈りします。

 

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