カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2016年1月 7日 (木)

横浜から市川への引っ越し

またまた久しぶりの記事です。

これまで横浜に住んでいましたが、もう2年前、再度戸塚から東京勤務に変わったため、2014年1月より
千葉県市川市のマンションに引っ越して現在に至ります。

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もともと自宅は成田に持っていたので同じ千葉県でなおかつ東京に近いところで、ということで市川にしました。駅までは徒歩7分程度、電車で市川→東京は総武快速線で20分と、通勤は楽ちんです。場所は江戸川近くであり、マンション5階の部屋からは富士山とスカイツリーが並んで見えます!

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何かと便利な場所ですっかり気に入っています。おそらく会社を退職するまでここにいるでしょう。現在57才になったのであと3年か。それまで市川ライフを満喫するつもりです。

2014年8月24日 (日)

2011年~2014年の状況

久しぶりにプログに記事を書きます。前回書いたのは2011年2月ですから実に3年半ぶりです。最近すっかりサボっておりました。

前回までは成田に住んでおりましたが、2011年10月に会社の異動により、横浜にマンションを借りて住むことになりました。成田の自宅は空けたままです。横浜は以前より大好きな街でしたのでとても嬉しい!

横浜駅から徒歩6~7分の台町というところにいいマンションを見つけ家族で移りました。

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さて憧れの横浜、毎週カメラを持って市内観光に励もうと張り切っていましたが、面白いことにいざ住んでみると意外と街中を歩こうとは思わないもの。買い物や時間つぶしに横浜駅周辺をぶらつく程度で、市内観光は赤レンガ倉庫や山下公園など数回しか行きませんでした。

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成田にいる時は車はオデッセイと2ndカーのムーヴを持っていましたが、横浜では駐車場の関係で1台にしなくてはならず、2台を売って
レガシーB4 1台に買い換えました。この車はいま時少ないスポーツセダンであり、今でもお気に入りで愛用しています。

さてこの素晴らしい横浜生活もわずか2年3か月、今度は2014年1月よりまた会社の異動で都内勤務に戻りましたので、今度は千葉県に戻り市川のマンションに移り現在に至ります。市川から東京までは電車で20分と近いので便利。成田の家は同様に空けたまま、家族で市川に住んでいます。引っ越して8か月、だいぶ市川にも慣れました。

これからまたせっせとブログ更新を行いますので、宜しくお願いします。

2011年2月17日 (木)

2nd カーの買い替え -- ダイハツ・ムーヴ --

我が家は車を2台持っています。1台は私専用のオデッセイ。もう1台は奥さん用2ndカーのホンダライフ。いずれも2005年4月にシンガポールより帰国した時に購入したもので、オデッセイは新車で、ホンダライフは中古で買いました。そのホンダライフがもともと中古の上に6年経過して走行距離が11万kmを越え、いい加減ガタがきたので、今回思い切って買い換えることにしました。

私は折角なのでヴィッツなどの小型車がいいと思いましたが、奥さんは「街乗りしかしないので、経済的な軽自動車で十分です。」と言います。そこで「こだわり」の私としては、これまで全く関心のなかった軽自動車について、どの車が良いか調べることにしました。

まず浮かんだのは、人気のあるスズキのアルト、ワゴンR、それにダイハツのミラ、ムーヴです。デザインは乗用車タイプのミラがいいと最初思いましたが、よく調べるともう発売から4年以上経過しており今年中にモデルチェンジされることが判明、仕方なくこれはあきらめました。スズキはスタイルが男性的過ぎて、奥さんには合わないなということでパス。そこで一気に浮上したのはダイハツ・ムーヴです。

ムーヴは昨年12月にモデルチェンジしたばかりのバリバリの新型で、しかも調べてみると赤信号で停車した時に自動的にエンジンが停止して燃費をかせぐアイドルストップなる機能がついている上、内装や装備もオートエアコン標準など軽自動車とは思えないくらい素晴らしいものでしたので、すぐ気に入り1月に入り実車を見に行き試乗もしてみました。

いや、驚きました。軽自動車とバカにするなかれ。室内は広いし運転席のすわり心地も良好、なんと言ってもベンチシートの広々した感覚はオデッセイとそんなに変わりません。また、リアシートもスライド出来るので、一番後ろにすると異常に広く、ヘタなリムジンよりよほど広く感じます。エンジン音も静かで音質も安っぽい軽自動車特有のものでなく、小型車並みのいい音がします。室内の静かさはヘタな小型車をしのぐかもしれません。

そこですっかり気に入ってしまい、すぐ契約してしまいました。

2月第1週の日曜日に車の引き取りに行き、ライフとお別れしムーヴに乗って帰ってきました。ムーヴ、きびきび走りなかなかこしゃくな車ですっかりお気に入りになりました。

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2010年11月 7日 (日)

テレビが壊れた!

昨夜のことです。
テレビを見ていたら突然「ブチッ!」といって画面が暗くなってしまいました。音声も出ません。こんなのは初めてのことで、しばらくは何が起こったのか理解出来ませんでしたが、しばらくしてようやく故障なのでは? と気付きました。

このテレビはS社製の32インチ液晶テレビで、5年前、シンガポールより帰国した時に他の家電品と一緒に購入したもの。まだ5年で壊れるとは・・・とちょっと驚いてしまいました。

さて説明書を見ても、何が原因か詳しいことは書いておりません。経験的にこういう時は電源を抜いてしばらく(1~2分くらい)放置しておけば、状態が初期化されて直ることがありますが、今回はそれでも直りません。たぶん基盤の上の部品(コンデンサあたりか?)が壊れたものと思われます。私はパソコンも自作しており類似の故障を何度か経験しているのでだいたい分かります。

よって昨夜は仕方なくテレビのない夜を過ごしました。

本日昼間、テレビを買ったY電機に電話してみたら、安心サービスの範囲で無料出張調査を行なってくれるとのこと。恐らく基盤交換となりますが、もし保障の範囲内なら無料、そうでなくても2万円位で修理可能だろう、と言われ、ようやく少し安心しました。

でも本音はこれを機会に、最新のもっと大型の42インチ~50インチくらいの液晶テレビに買い換えたかったのですが、残念ながら我が家の大蔵省(奥様です!)の許可がおりませんでした・・・。

まあ、うまく直ればいいのですが、今日も一日テレビの無い生活。実にリビングが静かです。家族皆でゆっくり読書に励む一日となりました。

たまにはこういうのもいいかな、などと思った日でした。

2010年9月14日 (火)

大停電

昨夜はひどい停電に見舞われました。

仕事で少し遅くなり帰宅したのは夜10時頃です。東京の会社を出た頃は何でもありませんでしたが、成田駅に着いた時は、曇り空で遠くで雷が何度も光るという嫌な雰囲気。自宅到着の頃には、はっきり雷が鳴り出し、急激に雨が降り出しました。
家に入り背広を脱いだその瞬間、「ドン!」という近くの雷の激しい音とともに家中の電気がパッと消えました。久しぶりの停電です。その時は「おっ、停電か」くらいに思っていたのですが・・・。

待てど暮らせど電気がつきません。真っ暗なリビングで家族で話をしていましたが、一向に復旧せず、時間は5分、10分と経過します。
停電で困るのは、お風呂にも入れず、こはんを作り食べることも出来ない。
何より困ったのはエアコンが止まってしまうので、部屋の中が次第に暑くなってくることでした。しかも外は雨のため窓を開けることも出来ません。

そんな状態で1時間以上が経過してしまい、もうあきらめて本日は寝てしまうことにしましたが、何よりも暑くてなかなか寝付かれません。ベッドの中でウトウトしながら寝られないで時間がどんどん過ぎてゆき、ようやく4時間以上も経過した夜中の2時過ぎに復旧し電気がつきました。

こんな長い停電は始めての経験です。ニュースを見たら大停電を起こしたのは成田市近辺だけのようでした。
そこからやっと風呂に入りこはんを食べたら、時間はもうすでに朝の4時。
完全な寝不足で翌日は会社でアクビをおさえるのがやっとの状態、いやいや、散々な目にあってしまいました。

2010年9月12日 (日)

運転中、足がつった!

今年は毎日暑い日が続きますのでゴルフは控えていましたが、昨日久しぶりにゴルフに行きました。
埼玉の
鳩山CCです。
成田からは高速道路で2時間のコース。埼玉の東松山方面は成田からでは関東の端から端まで行くので非常に遠く、しかも関越道など埼玉方面の高速道路は異常に混むので普段は行きませんが、昨日はお客さんとのお付き合いの関係上、やむなく行ってきたものです。

相変わらず暑くヒイヒイいいながら何とか1ラウンド消化。スコアは106と、100は切れませんでしたが久しぶりにしてはマアマアでした。

問題は帰りに運転している時です。
関越道は珍しく渋滞がなかったのですが、中央環状線に入った途端、渋滞が始まりました。ヤレヤレ、またか、と思いながら運転していましたが、なぜか急に右足のふくらはぎから足首の辺りが痛くなってきました。

アクセルを踏んでいる時は足首が伸びるからいいのですが、渋滞でアクセルから足を離すと足首が折れ曲がる形になり、痛いのです。何だろう、と考えましたが、もしかして足がつっているのでは?!

ビンゴです。なぜか急に右足がつってしまったのです。確かに暑い中でゴルフした時に足がつるのは良くあることですが、まさか運転中に足がつるとは・・・。
しかもアクセルから足を離すとつってしまうというのは、渋滞中だけにとても悲惨!
渋滞を抜けるまで30分近く、散々な目にあいました。

それにしても運転中に足がつるのは痛いだけでなく怖いものです。時々足が痙攣するようになるので、思わずアクセルをドバッ!と踏みそうになり非常に怖い思いをしました。しかも高速の上だから止まるわけにもいかないし・・・。

年寄りの人が時々アクセルとブレーキを踏み間違えて事故を起こすことがありますが、それはもしかして足がつってしまったのでは?と考えてしまいました。

2010年7月27日 (火)

また酔って電車乗り越し【その2】

5月に酔って電車乗り越しをやらかしたばかりでしたが、今回またやってしまいました!
前回はその電車が成田空港行きだったので、すぐに戻ってこれラッキーと思ったのですが、今回はそうはいきませんでした・・・。

東京の八重洲で飲んだ後、ちょうど東京発の総武線特急電車があったので、それに乗ったのです。東京発 20:45で、成田着 21:38の鹿島神宮行き特急あやめ1号でした。飲んだ帰りは早く帰りたいので、快速電車ではなく特急をよく使います。その日もそうでした。
まだ時間も早いので安心して乗り込みましたが、実は疲れのせいか結構酔っており、乗ってほどなく寝てしまいました。しばらくして目が覚めたら、成田の1つ前の佐倉駅であったので、あと10分で到着と思い窓の夜景を見ながら乗っていましたが、、、。

突然、車掌さんに「お客さん、特急券を拝見します」と言われ目が覚めました。
「あれ? 成田までの特急券はさっき買いましたが・・・」と答えたところ、車掌さん曰く

「お客さん、成田は過ぎましたよ!」
と言うではないですか!
あわてて外の景色を見ると、見覚えのない山や畑の中を電車はゴトゴト走っています。車内も成田で大半の乗客がおりたせいか、ガラガラです。
このあたりで流石に事の重大さに初めて気付きました。

そう、前回は成田空港行きの電車でしたからすぐ戻れましたが、今回は鹿島神宮行き!
いったいどこまで行ってしまうのか想像がつきません。
しかも総武線は成田の先は電車の本数が一気に減ってしまうので、今日中に帰れるのだろうか、と不安一杯の気持ちでゴトゴト乗っていました。

結局次の駅は15分ほど走った先の滑川駅でしたので、そこでとりあえず降ります。見ると無人駅!
改札の外は何もなくタクシーが2台ポツンと止まっているだけ。
「こりゃぁ、ダメだぁ・・・」と思いながら時刻表を探します。現在時刻は 21:55頃、見たらラッキーなことにまだ成田方面への上り電車がまだありました。しかし時間は 22:30と、あと40分もありますが、帰れるだけまだマシと思い、そこで待つこととしました。

タバコをふかしながらウロウロしていたら後ろから誰かが「あの~」と話しかけてきます。見ると年配の見知らぬ男性です。何だろう、と思っていたらその方曰く「もしかしてあなたも成田駅を乗り過ごしたのでしょうか?」と聞いてくるではないですか!
いやいや、こんな所で「仲間」に会えるとは、嬉しいやら情けないやらで、まずは話し相手が出来ただけマシと思って「実はそうなんですよ~」などと話していましたところ、もう1人の別の男性が寄ってきて「お~、今日は仲間が2人もいるかぁ!」などと言うではないですか。
見事、その方も成田から乗り過ごした方で、しかも常習犯のようで、結局、
乗り過ごし仲間3人で上り電車を一緒に待つことになりました。情けない・・・。

3人で色々話しているうちに、どんな仕事についているかの話になりました。
私が「ある電機メーカーに勤めています」と話したところ、2人口を揃えて「えっ!」と言いますから何だろうと思ったら、1人は何と私の会社のグループ会社出身の方で、もう1人は私の会社のコンピュータの保守を行なう会社の方でした!
いやいや、世の中狭いものですね。とんでもない所で同じグループの人間が3人も揃ってしまいました。

話をしていると時間はあっと言う間に過ぎるもの。ほどなく上り電車が来たので3人で乗り込んで、話をしているうちに間もなく無事に成田駅に到着しました。
3人で改札を出るときは「ご苦労さんでした」と言って別れました。

電車乗り越しはショックでしたが、名前も知らない3人で過ごした1時間は、楽しい思い出となりそうです。

2010年5月20日 (木)

酔って電車乗り越し!

私は仕事柄、飲み会に行く機会が結構多く、週1~3回は行っています。基本的にあまりお酒は強い方ではなく人並みなので、だいたいビール中心としていますから、酔いつぶれることはほとんどありません。昨夜もそんな感じで数名で飲み、早めに東京を夜8時に出ることが出来ました。

疲れていたのでちょうと発車待ちであった成田エクスプレスに乗りました。これだと快速電車に比べて早く、1時間弱で成田駅まで到着します。昨夜は少し酔っていたので、乗り込んですぐ眠ってしまいました。

私はこれまでの人生で、酔って電車を乗り越したことが1回しかなく、ほとんどは到着駅の直前で自然に目が覚めます。昨夜も同じ感じで成田駅到着直前で目が覚めるはずでしたが・・・。

目が覚めたら何となく周囲の景色が違います。良く見てみると成田の見慣れた街並みではなく、山の中をひたすら走っています。おかしいな、と思っていたら車内アナウンスが「次は~、空港第二ビル~」と言っているではないですか!
そうです、
人生2回目の乗り越しをやらかしてしまったのです!

さすがにあせりましたが、不幸中の幸いは成田空港行きであったのですぐ戻れたこと。空港駅でちょうど上り快速電車が発車するところだったので、それに乗り込み成田駅まで戻ってきました。

いや、まいりました。これまでの絶対乗り越さないという自信はすっかりなくなり、次回以降は十分注意する所存です。

2010年4月18日 (日)

井上ひさし氏の母校は、私の育ちの場所だった!

作家、井上ひさし氏が4月9日に亡くなりました。井上ひさし氏の代表作は「ひょっこりひょうたん島」「吉里吉里人」など、あまりに有名な作品が多い日本を代表する作家であっただけに残念です。

関連記事をWEBで見ていたら、井上ひさし氏は出身は山形県川西町の生まれです。しかし幼い頃に実父に死に別れた後、生活苦によって母親から宮城県仙台市の孤児院(現在の児童養護施設)「光が丘天使院」に預けられました。光が丘天使院は現在では「仙台ラ・サール・ホーム」と名を変えて今でも残っています。場所は東仙台にあり、井上ひさし氏はそこから東仙台中学校へ通った、と記事にはあります。

ここで「えっ?!」です。

なぜかと言うと、私が幼い時には、東仙台中学校の向かいに住んでいたからです!

私は生まれは宮城県石巻市ですが、すぐに仙台に引越し東仙台に小学校2年生まで住んでいました。それが東仙台中学校の道路挟んだ南側にある社宅であったのです。小学校2年生で仙台市内の別の場所(荒町)へ引っ越したため東仙台中学校に通うことはありませんでしたが、入学した小学校は近くの東仙台小学校でした。

いやいや、こんな身近な所に日本を代表する作家が通っていたとは驚きました。井上ひさし氏はその後、仙台第一高等学校に進み、上智大学へ進学して仙台を離れました。

東仙台は、シンガポール駐在時代の2004年4月の一時帰国時に、懐かしくなって子供をつれて訪ねています。私が住んでいた社宅は今ではマンションに変わっていましたが、向かいの東仙台中学校は昔のまま残っていました。

小さなJR東仙台駅
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東仙台中学校
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なお、東仙台訪問時に、私が通っていたナザレト幼稚園も訪問しましたが、その時に間違えて隣にある井上ひさし氏が通っていたという仙台ラ・サール・ホームを訪ね写真を撮っていました。それも掲載します。

井上ひさし氏が通っていた仙台ラ・サール・ホーム
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私が通っていたナザレト幼稚園(ラ・サール・ホームの隣)
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有名人と同じ場所で育ったことに、ちょっぴり誇りを感じています。
もしかしたら、故郷を訪ねてきた井上ひさし氏と幼い頃にすれ違っていたかもしれません。
故郷の大先輩である井上ひさし氏の冥福をお祈りします。

 

2010年4月17日 (土)

季節はずれの雪

今日は朝から関東でも雪が降りました。

自宅、成田では朝からみぞれ混じりの雨でしたが、何と7時くらいには雪に近いみぞれとなりました!
道路や庭にも、見るとうっすらと雪が積もっています。もう4月17日なのに、こんなことは初めての経験で驚きました。

9時頃、宅急便を出す用があって近くに車で行きましたが、道路はツルツル滑りちょっと怖かったですね。途中で事故のせいか普段混まない道でも渋滞があったりしました。10時には雨になりましたが、外はとても寒く気温は測ったら3度くらいしかなく、4月なのに真冬の寒さ。ニュースを見たらあちこちの高速道路が通行止めになっており悲惨な状況でした。

実は私の弟が福島県の郡山市に住んでおり叔父が経営している会社に勤めていますが、その社員旅行で本日は朝から成田に来る予定だったので昼頃会う約束をしていました。電話したら案の定、磐越自動車道が通行止めになっておりかなり遅れるとのこと、残念ながら本日会うことは出来ませんでした。

季節はずれの雪は大迷惑です。

うっすらと雪が積もった庭
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